外に躍り出た鉄筋、タイルの間を走る苔、役目を終えた蛍光灯。
こんなところを待ち合わせ場所にしたハイセンスな君と、誘蛾灯に寄り添うかのように、フラフラと現れたナンセンスな僕、目配せをして、手を握って、点かなくなった緑の灯の下を、外に付けられたボロボロの階段を、管理されていないさびれた扉を。
通る。登る。蹴破る。
空には雲が這っていて、月を陰らせてはニタニタと笑う。
いや、笑っているのは君の方だった。
「君なら、分かってくれるよね」
きっと、君にとって僕は最大の理解者の様に見えているのだろう。
「……主語を濁すのは、いつもの話し方だね」
まぁ僕は、ただの人間なんだけれども。君はそんな凡百な人間を置いて、がむしゃらにフェンスを登っている。
ハイセンスな君は、たまにナンセンスな事をする。そして、そんな行動をするときの大体の場合は、話に進展が無い。
そしてこういう場合、大抵僕が話を進ませなければならないのだ。
「また、死ぬのかい」
あー、そんなところで急に振り返ると落ちちゃうよ。
あー、でも、君はずっと、そこから落ちて死んできたんだっけ。
「何で知っているんだい。君は」
「だって、君が言ったんじゃないか」
「君なら、分かってくれるよねって」
君は1回落ちた。僕は28回落ちた。
それは紛れもない自殺であり、けれど即死ではない。
階段を駆け下りる音を聞く聴覚がある。
温かく流れる血を感じる余裕がある。
自分は今生きていて、後に死ぬことを思う時間がある。
そしていつも。
いつも。いつも。いつも。
これが夢であることを知る。
僕の妄想である事を知る。
僕はいくら落ちても返って来れるけれど、君は落ちたっきり帰って来ない。
朝、目が覚める。起きて顔を洗う。伸びた髭を整えて、コーヒーの為のお湯を入れて、トースターにパンを入れて、絡んだイヤホンを解く。
夢の余韻をかき消す様に、ブルーベリーのジャムを塗る。
凍った背筋を溶かす様に、コーヒーを流し込む。
普通の人間に見える様に、イヤホンを耳に挿す。
君の死を受け入れる様に、君の声を再生する。
「君なら、分かってくれるよね」
いつか、理解者になれる様に。