頭蓋解剖物語

ボロボロ書きます。剥がれ落ちる私を。

血も泪もあるんだよ。

 愛したからこそ、出てきてくれるのだと思う。あなた達も、綺麗な泪も。

 誰かのためでないと本気を出すことができない。誰かのため、という名目がなければ本気を出すこともできない。そんな風に考えていた自分が、その生き方を変えられて死んだのは、もう6年も前になる。

 人が死ぬのはいつだろうか。肉体的に考えるなら「心臓が止まったとき」だろうか。精神的にいうならば「忘れられたとき」だろうか。僕はあえて第三の説を推すなら「今までの生き方を覆されたとき」なのだと思う。そして、それは大きな喪失感を伴う残酷なものだ。自分が今まで信じてやまなかった自分の在り方が、真正面から、容赦なく、潰される。打ちひしがれる。途方に暮れながら夕焼けに幻覚を見る。

 私は今まで生きていて、明確に愛していた人間が二人いる。それは決して恋愛関係みたいな相互関係ではない。一人の男性と一人の女性に尊敬と親愛の情を一方的に向けていたのは私だけで、独りぼっちの愛だった。手を差し出されたわけでもないのに、ずっと握っているような。そんな感じのものだ。熱で溶けるわけでもない、離してしまったら消えるわけでもない。透明な絆の結晶体を、握りしめていた。

 そんな愛の結晶体が砕けたのは、彼が星になった日からだ。背伸びなんかであの星には届かない。手元に残ったのは、握りしめ過ぎたがゆえに、砕け散った愛の欠片だけ。

 一人で背負い込んで弱り切った私は、ひどく盲目的だった。彼から彼女を遠ざけることを、私は善だと思い込んでいた。それが無意識的な悪であることが分かるのは、もう誰の手も握れなくなったときだった。

 彼女は月に生きる人になった。何もかもを忘れて、新しき世界に生きる。楽しそうに、幸せそうに、前を向いて人生を歩み始めてくれている。

 歩んでないのは僕だけだ。両手に破片を刺したままに顔を覆って、隙間から流れる真っ赤な血を綺麗な泪と呼びながら、俯いて立ち尽くして死んでいる。

 夢に出てくれるのは、世界が知らないあなた達で、私が知ってるあなた達。

 それを見ることができるのは、きっとこの痛みがあるからだ。

 愛を握りしめていたからこそ、この破片は今も、僕の両手に刺さっているのだ。

 だから私は、夢の中でだけ、綺麗な泪を流せるのだ。