頭蓋解剖物語

ボロボロ書きます。剥がれ落ちる私を。

梅雨の残り香

 もう夏だと捉えるか、まだ梅雨だと捉えるか。そう問われたならば、僕は、まだまだ梅雨だと言いたい。

 履かなかった長靴、マジックテープの擦れた傘、干したままの雨合羽。そのどれもがまだ、梅雨を知らずに眠っている。彼らを起こすべき時は多々あったが、その時は家を出るのを辞めることが多かった。

 それで予定が崩れても、死ぬわけでもない。誰かを巻き込む予定を安易に組んでいない。雨の中を歩くというその強弱に快適さが支配されている行為を博打で行うくらいなら、私は現状維持でいい。困るけれど濡れない方がいい。たとえ困りつくしても死ぬわけではないのだから。それでいい。

 そんな現状維持で生きていた人間は、昨日、双極性うつ障害だと診断された。

 人間に機能する効果の一つとして、プラシーボ効果という有名なものがある。よく見られる場面としては医療の場面だろうか。実際には一切その効能を有していない薬を投与した際に、その薬の投与による改善が見られる事。である。思い込みや自己暗示の類が、人間の自然治癒力に作用している。といった説が見られているが、定かではない。

 なぜこんなことをいきなり語り出したのか。と言われれば、私はまさにこの効果に近いものが出てきているのではないかと予想するからだ。

 私は宣告された。淡々とした口調とまなざしから。そう言われてしまっては。

 意識せざるを得ないのだ。一度意識してしまえば、それは人に対する恋心のように。長く続く心臓の鼓動のように。気になって気になって仕方がない。

 

 呼吸の一つすらも意識してしまえば止まってしまうほどに、私はイカれた。

 

 今までも、確かに精神疾患を持っていた人間ではあった。一つの体に二つの人格を宿し、日記による筆談で意見を交換し、最終的には愛されていた彼が去り、何もない僕だけが残った。真っ白な人間だ。過去の罪だけ覚えていて、今の景色はぐちゃぐちゃで、未来で「生きる」という幸せを享受する資格などないと思っている。

 太陽は僕を残して昇っていく。昇っていく太陽は雲に隠れて見えなくなっていく。どんどんどんどん影が世界を刺して、暗い灰に飲まれていく。

 目を背けるように眠ると、今までよりも過剰なほどに眠るようになった。あらゆる物事に対して怠惰になった。酒を呑んでも眠れなくなった。文がただ現実を書きなぐるばかりで、空想などを描くことはできなくなった。

 意欲低下による過眠障害の表れだった。知らぬままに現状維持を選択した人間は、そのまま小さく小さく、自分が削れていることにも気づかず眠り続ける。

 

 明日の天気は雨。雷を伴う梅雨の最期の雨だ。

 雷は私を起こしてくれるだろうか。

 私は彼らを起こすべきだろうか。