頭蓋解剖物語

ボロボロ書きます。剥がれ落ちる私を。

冬中花痩

 明朝、窓から差し込む陽が横たわる僕の体に降り注ぎ、目が覚めた。

 けだるい体を起こして、今日一日を考える。快適な一日にするために、やるべきことを放り投げて一日だけでも悪い子になってやろうか。なんて事を考えている内に、一羽の鳥が窓枠に着地した。

 

「やあ、貴殿もお早いお目覚めだね。」

 

 そんなことを言いながら、彼はトコトコと跳ねるように歩いてきた。

 

「そういう君も、来るのが早いね」

「ああ、そろそろ帰ろうかと思っていてね」

 

 薄い黒色に黄色の目と嘴、それでいて白くて丸いお腹の君は、僕の腕に止まってそう言った。最初は止まった時の爪が食い込み、痛みを感じていたが、今ではすっかり慣れてしまっていた。

 

「じゃあ、また来るのは次の冬かな」

「ああ、また寒くなったらここに避難することにするよ」

 

 彼と会話ができるのは、彼が「応声能」と呼ばれる能力をもっているからだ。人間以外の生物に見られる会話能力。今もなおその直接的な原因は不明だが、とにもかくにも彼との会話は、その応声能によって成り立っていた。

 そんな彼のさえずりの声は多種多様で、今まで聞いてきた色んな鳥のさえずりや、故郷の土地に住む人間たちの歌であったりを、器用に真似してみては僕に聞かせてくれていた。

 

「うん、またおいで。いつでも待ってるから」

 

 その声が聴けなくなるのを寂しく思う自分がいた。

 

「ああ、だが、まぁ、その。なんだ」

「ん?どうかしたのかい」

「いや、貴殿は良い”香り”がするのでな。どこにいても、きっと私なら貴殿を見つけてみせるさ」

「……そっか。それもそうだね」

 

 そうだ。そうだった。僕と彼の関係性が始まった時も、彼はそんなことを口にしていた。窓枠につかまりながら、窓を開けるように言ってきた彼は「いい香りがするな、貴公」と、付け加えるように言ったのだ。

 

「ねぇ、少しいいかい」

 

 飛び立とうとするその背に問いかけた。

 

「君はどこまで、僕を知っているのかい」

「君のことはまだまだ、知らないことばかりだが……」

 

 黄色い目を向けて、黄色いくちばしを開いた。

 

「その病気なら、知っている」

 

 確かに彼は、そう言った。

 そうか。そうだったのか。だから鳥の君にとって、僕はいい香りがしていたのだな。

 冬中花痩という病気がある。孤独に絶望する心に芽生える花の種、その種は自分の置かれた環境下で栄養を吸収し、成長していく。種が芽生えて栄養を吸収された人間の体は、次第にその病に対して適応していく。

 それは無条件に栄養を吸収されるのならば、自分たちの最小限の力で栄養を作り出そう。という適応の形だ。差し込む太陽の光を受け、降り注ぐ雨を体に蓄えて栄養へと転換する。余分なエネルギーを使わないために、足は細分化しては地面と癒着する。次第に自分の体はその自由を奪われてゆき、起き上がる力すらもなくなっていく。

 そんな人間の最期は、決まって冬に訪れる。

 日の出の時間が短くなる冬に、太陽光を受けられなくなる。本格的に死を悟り始めた植物の体は、自分の遺伝子を残そうと花を咲かせる。 

 しかし、人間と植物は違う。いくら花を咲かせようとも人間として生き残る道はない。残り僅かのエネルギーを振り絞って花は咲く。

 その行動の拒否権すらも、当の本人にはありはしないのだ。

 

「そっか、そっかそっか。そうなのか。なら、もう僕は何も聞かないよ」

「長く旅をしてきたが、その病に関しては原因も、その治療法もわからないのだ。申し訳ない」

 

 そういって謝る彼の頭を、さっと撫でた。

 

「大丈夫だよ、僕は初めて、この病気になれてよかったって、思えているから」

 

 多分、僕と君が喋れたのは、君が鳥で、応声能だから。だけではない。

 きっと、僕もとっくに人間ではなくて、応声能になったから。なんだ。

 

「だからまた、夏に会おう。君がやってくる夏に」

「ああ、ああ。約束する。貴殿に会いにまた夏に」

 

 黒と黄色の輪郭を、涙でぼかしながら、彼は約束してくれた。

 その返事に、安心したのか、ずんと、身体が重くなる。

 

「それじゃあ、僕はもう少し寝るよ」

「おやすみなさい。貴殿が良い日々を送れますように」

「うん、君こそ、元気でやるんだよ」

 

 世界が暗転してゆく。視界が滲んで回転する。倒れ込んだシーツが僕を包んでは、夢の中へと深く誘う。

 

「また会おう」という彼の声が聞こえた。

「うん、また会おう」と言葉を紡いだ。

 

 ああ、どうか、いつか目が覚めた時。また、君の留まり木になれますように。