頭蓋解剖物語

ボロボロ書きます。剥がれ落ちる私を。

寒い。

 雨降り積もる洗濯機、部屋に吊り下がる衣服類。酷く冷たい除湿の風に揺れるそれらを布団の中から見上げていた。

 

 湿気だけじゃなくて、何もかも取り除いてくれればいいのに。

 

 人との関係を切ったばかりだった。

 

 卑屈になっていた。お酒がない。買えなかったのだ。最悪だ。

 

 時勢が予定と恋心を流していった。押し寄せる課題の波が僕らの時間を奪い取った。

 

「もう別れませんか?」

 

 もはやLINEだった。最後の最後は彼女の声を聞く事すら叶わなかった。

 

 まぁ、電話の声は限りなく近いだけであって、彼女の声ではないのだけれど。

 

 冷めてしまった。恋に走るエンジンの音が止んだ。そうすると人っていうのはおかしなもので、一つが冷めてしまうと何もかも冷めてしまう。

 

「ああ、嫌だなぁ」

 

 そんな言葉を吐き出した口に冷たい空気が流れ込む。

 そういった寒気がした。

 そういった寒気もした。

 聞こえるはずのない彼女の声が聞こえた気がした。

 いやいや、有るわけない。ないない。

 除湿の音がそう聞こえたのかもしれない。

 そうに違いない。

 そんな風に思い込む。

 

「かんぱーい!」

 

 そんな僕の考えを、吐き捨てる様に彼女は言った。

 

 聞こえないわけがない。

 だって隣に確かに居るんだから。

 

 最悪だ。この物件は静かにしていれば隣のテレビが聞こえる程、壁が薄いのだ。

 極めて最悪だった。密かなサプライズの様に、彼女が隣に引っ越していたのだ。

 とことん最悪だった。就活の終わりを報告しようと、僕は帰省をしていたのだ。

 追い打ちをかける様に蔓延し始めた殺人ウイルス。僕は酷く運が無かったのだ。 

 

 気が付けば、全てを失っていたのだ。

 

「はぁ」

 

 このため息すらも、聞こえているかもしれないのだ。

 冷めてしまった。干からびてしおれたホウセンカの様に。そうすると人っていうのはおかしなもので、ホウセンカになってしまう。

 

 隣の声は今はやりのオンライン飲み会だろうか。それとも、運の無い男からの脱却を祝した宴だろうか。

 

 人っていうのはおかしなもので疑い始めると止まることも休むことも無く考え込んでしまって歯止めが効かなくなってしまうのだそれを頭でわかっていてもなお考えてしまうのだあぁ、ああ。あぁ……

 

 とめどない感情を吐き捨てる口が回らない。エンジンが止まっているのだから仕方がない。しおれたホウセンカに光などあるか。いや光はあるのだが当たってはくれないのだってそういう事では無くて……

 

 落ち着くべきだ。

 

 そう考えてスゥっと一息。寒気が刺し込みクシュンと一回。

 

 もう誰も来ないのに除湿にする必要があるのだろうか。

 寒いから消してしまおう。

 そう思って布団から這い出るも、寒い。

 いや、寒いから消すのだが、寒いから出れないのだ。

 

「どうしたものか」

 

 僕は基本めんどくさがりやだ。だから布団から出ない。

 むしろ、寝る前にエアコンを調整するんだから、布団の近くにあると考えた。

 めんどくさがりやだぞ僕は。

 

 温かい布団の中から右手を犠牲に、エアコンのリモコンを探す。

 

 探し続けて数秒後。左手に何かが当たる。

 

 左手は布団との摩擦で熱を生み出す為に動かしていた。その指先が確かに何かに触れた。

 

 僕はやっぱりめんどくさがりやだった。

 

 向けるはエアコン。手にはリモコン。消して起きてくしゃみを一閃。

 

 起き上がるのが早すぎた。

 布団の熱はすっかり取り除かれてしまった。

 代わりの熱を探した。けれども手元にはもう、無くなっていた。

 ああ、もう。

 

 これも取り除いてくれればいいのに。