秋も中ごろ、神無月と呼ばれた月が終わりを迎えるその最後の一日。人間たちは一斉に騒ぎ立てた。かぼちゃをくり抜き、化物どもの格好でふざけ、神様がいない事を良いことに好き勝手暴れ始め、それを揶揄する者もいればその手に乗じる者もいる。
「人間とは不思議な物だな」
そんな呟きが閑静な住宅街のゴミ捨て場に響いた。俺と奴はゴミ捨て場を囲う石塀に背を預けて座っていた。
「……どこが?」
「何が楽しいのか分からない。かたや騒ぎを止める動きもあれば、騒ぎを拡散する者もいる。子どもと呼ぶにはあまりにも大きすぎる身体、仰ぎ飲むは宵の酒」
「はっきり言って馬鹿馬鹿しい。としか思えない」
隣に座る奴からは確かに怒りを感じていた。心の中に潜むその怒りをあらわにすれば、恐らく誰もが逃げ出すだろう。
「ハロウィンだからな、止められんぞ。今の俺たちではな」
「なんだ。俺らがそんなに衰えたとでもいうのか?」
「違う。昨今の人間どもは奇怪な物を見ると逃げるより先に”スマホ”を向けるんだ」
「……すまほ?」
現代の流行りを知らぬ奴はふと首を傾げたようにも見えた。よほど人間に興味がないのか、はたまたその後の時代を知らぬのか。
「スマホってのはな、姿を映し取って世界に拡散する器具みたいなものだ。珍しい物を見るとその姿を映し取って記録するのさ」
「だから何だというのだ。我の姿が拡散されても特に何も無いぞ」
「怖がられない。俺たちは怖がらせて度肝を抜くその間に生気を少し分けてもらってるだろう?しかし、それが起きないんだ」
「なぜだ?」
「皆化物どもの格好をしているからだよ」
俺がそこまで言うとようやく理解したのか、いつの間にか立っていた奴は腰を下ろして空を見上げた。
「憂さ晴らしのようなものか」
「……まぁ、そんなとこになるのかねぇ」
「驚かせようとしたが、俯き過ぎてこちらを見ていない若者も居たからな。それくらい何か溜まっていたものがあったのだろう」
「最近若いお化け増えたもんな?」
俺がそこまで言うと奴はいきなり立ちあがった。激しい奴だなと思う私に対して差し伸べられたのは白い掌。
「行くぞ。そのハロウィンとやらに」
あやうく、生気を少し分ける所だった。
「何言ってるんだアンタ!?」
「皆化物の格好をしているなら、我らも見つからないはずだ!」
「我らも見つからないはずだ!って……アンタ……」
張る胸もないくせに、奴は胸を張る様に背を逸らしてそう言った。
言わずもがな、一目でわかる骸骨っぷりに大きく穴の空いたしゃれこうべ。
風が吹き抜ける喉から発せられる不思議な声色。
そして何よりデカい。変身した俺だって人型の中では大きい部類なのにそれをはるかに上回る大きさをしている。
「少し待て。アンタのそれは堂々とし過ぎだ」
「むぅ。やはり人間は気に入らぬ」
「まぁ待て、本当にちょっと待て」
そう言って俺は時間を取った。ゴミ捨て場の袋に目星をつけては爪で切り開き、中身を確認して行く。
「何をしてるんだ?」
「人間が化け物になってるんだ。俺たちはすこしでも人間にならなきゃいけねえのさ」
袋の中から取り出すのは長いコートや穴の空いたジーンズ。衣料品の入った袋のこじ開けて、サイズに合うものを選んでいく。
「おい、このズボンは俺の腰に合わん」
「腰骨に合うズボンなんかあるわけないだろ。ベルトを使ってくれ」
「いや、ならばもう良い」
自分の服を探している最中、真っ黒い布地の服をかき集め始めた奴は、次々にあばら骨の隙間へと差し込んでいく。
「それじゃずり落ちるだろ」
「ふっ。まぁ見ていろ」
奴はそのまま差し込んだ衣服を抑える様にベルトを締め始めた。等間隔で並べる様に締めたベルトは衣服を抑えると同時に、大きな拘束具の様な様相を醸していた。
「これなら全身を隠せて、なおかつ仮装っぽいだろう?」
「あんた、ただハロウィンに行きたかっただけだろ」
「そんな事よりそっちは大丈夫なのか?」
「俺ぐらい知名度の高いのは衣装があるのさ。それに今宵の月はすこし赤く色づいているとはいえ三日月。完全な狼にはならん」
そんな会話をしながらもゴミ捨て場を出た俺たち。しかし、そこで気が付いた。
「アンタ。頭はどうすんだ?」
「なに、しゃれこうべくらいはいるだろう」
「いや、アンタのはガチの人骨だしな……」
「ならばこうだ」
頭を指摘された奴は、近隣住宅にあったハロウィンの飾りつけ。その中でも一際存在感を放つ大きなカボチャを手に取った。
「アンタ。傍から見るとヤバいぞ」
「なに、人間の方が暴れてるさ」
そういってかぼちゃを被った奴は本当に人間の仮装のような姿になった。少し身長が高いが、まぁ人間にもこのくらいの高さは居るだろう。
「じゃあ、行くか!」
「はいはい。楽しみ過ぎて暴れないようにな」
そういって混ざった中心地は様々な化物の姿。小さな子供から酒臭い若者まで、より取り見取りといった人ごみで、やはり奴は一際目立っていた。
大きなカボチャのお化け。ミスターハロウィン。などと呼ばれた奴はその大きさから近くに居るとスマホに収まらず、遠すぎるとよく大きさが分からないという理由でスマホは向けられず、驚嘆の声を浴びて活き活きとしていた。
俺は俺で奴の横に居たという事もあり、奴の恩恵を受け、色んな奴らに毛並みを撫でられた。酒臭さが付いたものの、リアルな質感に色んな人間が追り結果として毛並みは荒れた。特に気にしてはいないけど、何か悲しくなった。
そうして迎えた早朝6時。締め付け過ぎて骨が痛いと奴が言い始め、俺自身変身が解け始める頃もあり、トイレの中で奴を分解し、人間の姿でトイレを後にした。
それからは早かった。あっと言う間に人は散らばり霜月に入った社会は、その寒さに負けず回り始め、俺たちは山の中の廃屋で火を起こし、暖を取っていた。
「中々早かったな」
「まぁ、一日の夜限定だし。そんなものでしょう」
「ふふ。それもそうだな」
ハロウィンを経験した奴はどこか満足気で、最初の怒りなどどこか遠くへ行った様子だった。
「人間とは不思議な物だな。だったっけ?」
「ああ、不思議な物だ」
「だが、不思議だからと言って悪い訳ではなかったようだ」
なんて喉骨を鳴らす奴は、どこから持ってきたかも分からないハンガーにお手製の衣服を引っかけて、ずっとブラシをかけていた。
「来年も無事ならば、また行こう」
「はいよ」
穏やかに言う奴の言葉に俺も答えた。
荒れた毛並みを整えながら。
「そういえばさ」
「ん?どうした?」
「なんか、生気を吸い取れない奴もいたよな?」
「そらそうだ。生きてない物から生気は吸い取れぬだろう」
「…………あぁ~なるほど?」