頭蓋解剖物語

ボロボロ書きます。剥がれ落ちる私を。

君は分かるのに。

午前5時の早起きにも慣れてきた、最近はいつもこの時間だ。
漁業を営む両親ですら、まだ起きる時間ではない。
というか俺はまだ船にも乗せて貰えるほどの腕が無い。


「お前はまだまだ未熟だからな。道具の使い方からだ」


父親の一言が俺の心に波を打って響く。
しかし、そんな道具も扱えない俺、そんな俺にはとある秘密があった。


「ピー!ピー!」


白い砂浜に近づくと聞きなれたホイッスルのような音が聞こえてくる。
俺が海に近づくとそれは飛び出してきた。


「キュー!キュー!」


可愛らしい声で鳴くイルカだ、少し前から世話をしている。
海の豚というよりは海の月の方がイメージ的に合っている気がする。
事の発端はかなり前の事だ。
仕事についていきたいと言い出した俺は父親に叩かれた。


「危険も知らずに軽い気持ちで言うな!」


潮騒の如く心に響いた。そして俺は夜に輝く白い砂浜で星を眺めていた。


その日、あるはずの白き月は俺の上で消えかかっていた。


一つ、白い砂浜に鳴き声が響いた。
その鳴き声に反応して俺は白い砂浜を駆け回った。声を頼りにして探し、そしてようやく俺はこいつを見つけた。


「・・・・イルカ?」
「ピー」


その声が俺には返事に聞こえた気がした。
本来ならイルカは3~4匹の群れで生きる、一人で行動する奴もいるが大抵は群れと遭遇する確率が高く、そのまま一緒に行動するらしい。
しかしこいつは一匹だった。しかも弱っている。


「群れとはぐれたのか?」
「ピー」


さっきと同じ感覚がした。
その瞬間俺は家に舞い戻った。父親に出くわさないように釣り道具一式を引っ張り出して、懐中電灯を確認してからまた走り出した。


イルカはまだそこにいた。


いつものポイントで懐中電灯を漁火の代わりにして釣りをする。
新月だったことが功を奏した。入れ食い状態だった。
しかしその釣果は全て食い尽くされたのだった。
今思えば、これだけ食うならば海の豚でも仕方がないかもしれない。


「キュー!」


満足そうに鳴くイルカに近づく、そのイルカは白い砂浜を少し赤く染めていた、どこかで怪我でもしたのだろうか?


「じゃあ、あとは頑張ってくれよな」


さすがに面倒は見切れないなと思って帰った。
しかし次の日、そいつはまだ白い砂浜を住みかとしていた。


「キュー!キュー!」


俺は気付いていないふりをしながら一日を終える。
次の日もまたいた、今回は近づいてみる。
その次の日もいた、話しかけると鳴き声が返ってくる。
また次の日も、触ってみるとツヤツヤだ。
ずっとそいつはそこにいた、そうして俺は折れたのだった。
しかし、以前のように餌を釣る必要はなくなった。泳げる様になり自分で餌をとってきているようで、相手をするくらいなら楽だった。


そんな時、つい好奇心が芽生えた。


(イルカに乗れるのだろうか?)


考えてみればよく本ではイルカに乗っている少年がいるではないか。
問題はどう乗るかだ、立ち乗り?跨ぐか?失敗の未来が見える。
大人しく背びれに捕まることにした。本の少年とはかけ離れた姿。
そしてイルカは大海原へ駆け出した。
人間とは段違いに早いイルカ、あの白い砂浜が遠ざかる。
水の抵抗とイルカのツヤツヤの肌で手が離れる、落ちる、深い。
慣れない深さに溺れる、沈んでいく。こんな海の真ん中で死ぬのか俺は?
海の底から太陽を見上げていると、次は太陽が近づいてくる。
違う、俺が上がっているのか。


「キュイ!」


イルカが俺を持ち上げてくれた、いつも通りの可愛らしい顔をしていた。
息が吸えるようになった頃、俺はイルカに抱き着いていた。


「死ぬかと思ったよ」
「ピー!」


こいつ頭良いな。
なんて思いながら次はあの白い砂浜に向かって背びれを掴む。
同じスピードで戻っていく、ものすごい速さで砂浜が近づいてくる。
白い砂浜に戻って一息ついたころには、今日はもう陽も傾いていた。
結局びしょ濡れで戻ったので心配されたが、特に何もなく終わった。
本の少年が凄いということを認識した後、ベッドに沈んだ。


あの白き月はすっかり消えていた。


「危険も知らずに軽い気持ちで言うな!」


危険を体験した今となっては言い返せるかもしれない。
しかし、現状イルカのおかげで知ったのであって、イルカが居なかったら俺も今ここにはいなかった、だがしかし。


「リベンジマッチだ!」


馬鹿なことに俺は闘志を燃やしていた。


月が明かりを取り戻し始めた頃だった。


懲りもせずにまたイルカに近づく。


「ピー!」


イルカも来る、そして更に乗れと言わんばかりに背を向けて来た!
期待に応えるべく今日は上に乗ろうと思った。
馬乗りになり、背びれを掴む。そして俺は一つの結論に至った。


「これ水の抵抗足しか受けないな。」


全身で受けた昨日と違い、馬乗りになる事で足しか水を受けない。
本の少年の姿は利便性の理想形だったのだ!
その結論に気を取られて気を抜いたのが今回の敗因。
馬乗りになった結果、俺は足でイルカの体を挟んでいた、
イルカの肌は相変らず肌はツヤツヤのスベスベだった。
結局、俺は横回転して海に落ちた。
いきなりの事に俺は対応できず、またこの深さに沈む。
はずだった、この前と同じで太陽が次第に近づいてくる。
しかし後ろには何もいない、完全に俺自身が浮いている。
俺の肺が酸素を捕まえた時、イルカが戻ってきて俺の周りを遊泳する。
危機を乗り越えた実感に身を任せて海の真ん中で歓喜した。
イルカも続くように鳴き声を上げるのだった。


浮かぶ事が出来るようになってから、俺はよくイルカと海に出た。
今思えば、イルカと一緒に出ていく姿を見られないはずがなかった。


「お前、何か隠し事していないか?」


父親にいきなりそう言われた。


「別に何も隠してないけど?」

「そうか、それとそろそろ初乗りと行くか?」


あれほどまで遠ざけていた乗船許可がいきなり下りた。


「いや、もう少し先で良いよ。」
「そうか、この季節はイルカの群れが見られるぞ。」


そのことを聞いて、俺は嫌な予感がした。
俺は断って白い砂浜に向かって走った。


「群れと出会ったら高確率で一緒に行動する」


その図鑑の一文が俺の足を進ませる、思考回路が最悪の結末を導き出す。
汗だくになって、焦燥感に駆られて、白い砂浜についた。


「キュー!」


鳴き声が聞こえてきた、あいつは俺を認識してくれたのに、
俺は鳴き声であいつを認識する事が出来ない。
走り出して海に飛び込んで探そうと考えた。
転んだ。いつものツヤツヤとした肌が合った、ヒレにも傷の痕があった。


「まだいたんだな!」
「キュー!キュー!」


その時、いつも通り答えてくれたのか。
はたまた、さよならを言っていたのか。
そのころの俺にも、今の俺にもわからない。


白き月が満ちかけていた。


安心しきった俺は次の日に父親に相談して船に乗った。
初めての船の上は揺れが激しかったが、イルカの上よりは楽だ。


「中々揺れに動じないじゃないか。」


漁業の人に言われる。


「こんな揺れぐらいなんともないですよ。」
「頼もしいねぇ!」


海の危機を乗り越えた俺は浮かれながら仕事をしていた。
その時だった。


「おい、イルカの群れだぞ!」


父親が大きな声で言った。皆で網を引き揚げた。イルカの混獲を防ぐ為にやらなければいけない事だ。
網を引く時、俺は確かにヒレに傷のあるイルカを見かけた気がした。
目を疑った、信じたくなかった。
何よりまだいるという可能性に賭けたかった。


「元気でかわいいなぁ!」


皆はそんなことを言うが、僕は気が気でなかった、早く帰りたかった。


その日の白い月は僕の上で完成していた。


初めての漁業が終わったのは夜の九時、月光を頼りに俺は急いであの白く輝く砂浜に向かった。


「・・・・イルカ?」


俺の問いかけは、その日、初めて、返ってこなかった。
一つ、白い砂浜に泣き声が響いた。
その泣き声に反応して、何かが海の上を飛び跳ねた。
海の上にて跳ねる影はやっぱり海の月だった。