頭蓋解剖物語

ボロボロ書きます。剥がれ落ちる私を。

明星

 寒冷の冬月。刻々と浮かぶ暗黒の月に、白い吐息が被っておぼろ。

 私は今、この街の中で一番空に近いだろう。

 曖昧なのは下を見るのが怖いから。だから空を見上げて逃げた。

 風が吹くと足場が揺れ、灰色の布が大きく靡く。とび職の度胸強さが伺える。やはり足元は怖いけれど、今しか無い好奇心を逃してしまう方が怖かった。瞬間を切り取って繋いで生きている。目先の事に捉われて後先知らずに道を行く。といえば聞こえはいいものの、どうにも些か不束者だ。

 けれど、その不束者は意外と幸せだったりする。その道を歩んだからこそ、いや。その道を歩んできたからこそ知った世界がある。繋がった握手がある。交わした言葉がある。歩まなかった世界線を知らないからこその物言いだけれど、これが私の人生だ。だなんて、夜の帳に誓ってみる。

 月とは夜の支配者である。太陽の届かぬ場所で、無数の星たちを従えてやって来る。

 あの人は星になったんだ。もはや届かぬ場所として星は時折、そう位置付けられる。

 明けない夜は無い。夜はしばしば不幸として、その形を象って語られる。

 そうして出来た黒き夜空を、私は一人見上げている。

 夜の一部になれるのなら、月の従者になれるのなら。それも悪くはないと思う。

 手を伸ばし、一歩先の暗闇へと踏み込んでしまえばそうなれるのかもしれない。

 そういった道だってあるのかもしれない。

 しかし、明けない夜はない。音が朝を示す彼誰時の深緋色。それが決まっているからこそ、たびたび夜は不幸の型に詰められ、先の幸せの下地にされる。

 されど、夜は再び舞い戻る。針が夜を示す夜夜中の深縹。それが決まっているのなら、明けない夜は無いと言う時、再来の夜もまた後に来る。

 幸と不幸の鬼ごっこ。どちらを追うは道次第。

 ならば私は夜で良い。永久に眠れぬ夜が良い。

 暗い方が光が見える、遠き遠き星が見える。

 振り返って道を選んだ。いずれ見上げる夜空の為に。